最後に【じーんときたこと】です。
二日目、大湯滝で朝風呂を浴びた後、角館を経て田沢湖をまわった私達が岩手県の花巻に着いたのは、午後の4時を回っていました。
ここは私が前から来たかったところです。
花巻といえば宮沢賢治です。
宮沢賢治記念館やイーハトーブ館は時間が遅いのであきらめましたが、≪羅須地人協会≫と≪イギリス海岸≫を見て回ることが出来ました。
≪羅須地人協会≫は賢治が農耕生活を営むために晩年の3年間を過ごした住居です。
和室の居間の奥に、そこで賢治が農村の青年達に講習会を開いたり、演奏会をしたりして過ごしたという教室がありました。
10畳ほどの板張りで漆喰壁の部屋ですが天井が吹き抜けになっているせいか、教室と呼ぶにぴったりの空間になっています。
火鉢をかこむ数脚の丸椅子とオルガンが今も置いてあるそこは、決して広くはない暗いところなのに、不思議な暖かさが感じられるところでした。
賢治が『どうか人々が明るく生きて行くことができますように』と願いながら、ここで農村の青年達と語り合ったり演奏会をしていたのかと思うと、胸にじーんと来るものがありました。
その住居は北上川をみおろす静かな丘の上にありますが、そこは賢治にゆかりの深い花巻農業高等学校の敷地の中でもあります。
折りしも、≪獅子踊り≫の練習をしているという三人の高校生に出会いました。
幸せなことに、彼らが響かす太鼓の音を聞きながら≪羅須地人協会≫を後にすることができました。
≪イギリス海岸≫は『銀河鉄道の夜』に登場する『プリオシン海岸』のモデルになった北上川の岸辺のことです。
ドーバー海峡に似ているということで賢治が名づけたところです。
丁度、夕日が沈もうとしている時刻で、空には薔薇色の雲がうっすらと広がっていました。
賢治は青年達とこの岸辺をよく散歩していたそうです。
ゆったりとした中にもどこか逆巻くものをうちに秘めているようなその北上川の流れを、暗くなるまで眺めてくることができました。
私は賢治について何かを語れるほど読んではいないのですが、それでも触れることのできた作品やその生き方には共感するところがとても多くあります。
また、彼はシュタイナーと同時代を生きており、彼が伝えようとしたこともシュタイナーと重なるところがたくさんあると聞いています。
そして、賢治こそは、娘が子どもの頃より強く惹かれた作家なのです。
娘の感性は賢治の作品と出会ってすぐに響きあったようで、そのまま違和感なく溶け込んでいくことができた世界だったようです。
その賢治が暮らした≪家≫や歩いて眺めた≪風景≫と、秋の夕暮れにわずかな時間ながらもこうして出会うことができたのは、とっても幸せなことでした。
この次はきっと、娘と一緒にもう一度ここを訪れたいと私は強く思いました。
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≪賢治先生の家≫の説明
≪羅須地人協会≫
≪教室≫
≪獅子踊り≫の練習
≪イギリス海岸≫
≪イギリス海岸≫
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